ホームレスから父に成る!

ホームレスだった男の育児と日々の雑感

上野公園の1日

息子と一緒に
上野の動物園に足を運ぶ。


ぞう みたい
しまうま みたい
ぱんだ みたい
うさぎ みたい
ものれーる のりたい
あいす たべたい


希望に応えて歩く。




サイやゾウが
あの巨躯にして狭い空間を
行ったり来たりしている。


警戒心の強いミーアキャットが
四方ガラス張りの狭いケースに入れられ
大勢が流れ行く人間との距離は1mもあるかどうか。


コビトカバの前足には
床ずれしたような痕があり
サルたちは日陰の狭い檻の中で震えている。



本心から言えば
動物園は好きになれない。


動物たちが可哀想に見えて
楽しめない。


貴重な動物を間近で見ることが出来るのは素敵な経験だが。


私の思いとは裏腹に
息子は楽しそうだ。




公園のベンチを枕に
空を見上げた最初の日を思い出す。


朝、通勤の人たちが通り過ぎていく。


居場所のない私は毎日同じベンチで横になり
人の群れの視線が刺さる圧迫を感じていた。


しかし数日もすると
それはただの雑踏に変わり
なにも感じなくなったが。




動物園を出て
上野公園と不忍池をぶらつく。


学生時代に絵を描くため何度となく訪れた。
懐かしい思い出だ。


風景を描いていると
大勢の人が通りすがりにスケッチブックを覗き込むが
気にはならなかった。


絵のことだけを考える幸せな時間だったからだ。




この日は大道芸が何人かでそれぞれにやっていた。
息子に見せようと聴衆に加わる。





とても面白く
楽しく笑えたのは久しぶりだった。


終わりしなに「お金ください」と
はっきり聴衆に言う件までも面白く
いい思い出になったと金を出そうとするも生活費用の万券しかない。


さすがに万券を渡すことは出来ず
少し歩いて売店で温かい飲み物を2本買って戻る。


演目が終わり聴衆がいなくなっていたため
画像の彼しかおらず気恥ずかしかったが


楽しかったよ、ありがとうと
寒い中の演奏で指がかじかんではと思い温かい飲み物と
楽しかった対価として2000円を手渡した。


戻ってきて金を払ったことに
大道芸の彼は驚いた様子だったが
喜んでくれたようだ。




気付くと息子は
ベビーカーに揺られ夢の中にあった。


息子も私も楽しい1日となった。


ありがとう。








追記



EPPAI -2017- official movie





ベルフェゴールはかく語りき

0歳の娘が
2年前の息子に似ている。


パソコンに保存してある画像で見比べても
おさがりで同じ服を着ている画像だと
どっちかわからなくなるとかみさんと共に笑った。







かみさんの30年前の写真を
アルバムで見せてもらったとき
かみさんの1~2歳の写真を画像に撮り保存していた。


その画像を息子が見て
自分だと疑わずに言い張る。


30年前のかみさん
2年前の息子
現在の娘
これが全て同じ顔をしている。


画像を見るたびに不思議で面白い。




親父さんとお袋さんが
4月あたりに遊びに来てくれるそうだ。


お袋さんは3人の娘を育てた。
女系家族で男の子がいない。


かみさんの妹2人ともに彼氏がいる。
しかし結婚をする気がどちらも無いのだという。
それでいいと妹たちも納得しているそうだが。




結婚する・しない選択肢
子供を作る・作らない選択肢


さまざまな考え方があり
正解はない。


ベルフェゴールは悪魔たちに言った。
幸せな結婚など無いと。


だが、ソクラテスはどうだろうか。




>中世ヨーロッパの伝説によれば、
>ある時魔界で「幸福な結婚というものは果たして存在するのか?」
>という議論が起こり、実際にそれを見てくるために
>ベルフェゴールは人間界へやってきたという。
>彼は様々な人間の結婚生活を観察したが、
>その結果幸福な結婚など無いと言う結論を出したとされる。
                  ベルフェゴール  ウィキペディアより抜粋



>ソクラテスが語ったとされる言葉にこのようなものがある。
>「ぜひ結婚しなさい。よい妻を持てば幸せになれる。
> 悪い妻を持てば私のように哲学者になれる」
                  クサンティッぺ  ウィキペディアより抜粋




たまに会う妹の1人が
息子を可愛がってくれている。


かみさん曰く
子供がほしいようだが
彼氏にその気が無いんだとか。




男の責任とは何だろうか。


孕んだら結婚に至る行為が
男の責任だとは私は思っていない。


婚姻の有無に関わらず
添い遂げようと努力する女に対し
その幸せを考えて生きることが
男の責任ではないかと私は考える。




考え方はそれぞれであり
正解はない。


しかし、ベルフェゴール(独身者)は
はたして「幸福」が「何か」を理解していたのだろうか。




同じ顔が3つ
公園から帰ってきたようだ。


家にも入らず
まもなく夕暮れになる空の下を
息子が元気に走り回っている。


そういえば娘の首が座ったようだ。
よく育ってくれている。


ありがとう。





泣いたときが学ぶとき

息子は2歳5ヶ月を過ぎた。


イヤイヤ期かどうかはわからないが
ふざけて素直に言わないことが増えてきている。



ズボンを履いて
はーかーなーーい


ご飯を食べて
たーべーなーーい


そろそろ寝んねの時間だよ
ねーなーーい




何かを教えるために
怒鳴ったり
叩いたりする必要はない


これが子供と対峙するときの
私の基本方針だ。




天邪鬼を支配しようとするのは悪手だ。
言うままを受け入れる。



ズボンを履いて
はーかーなーーい
じゃあ履かなくていいから、そのままでいなさい。


ご飯を食べて
たーべーなーーい
じゃあ食べなくていいよ。
食器を片付けたら、もうご飯は(次の食事まで)無いからね。(無論、菓子類も無い。)


そろそろ寝んねの時間だよ
ねーなーーい
寝なくてもいいから、(みんな先に寝るから)静かにしなさい。




履きたくないなら無理して履かなくていい
食べたくないなら無理して食べなくていい
寝たくないなら一人で起きていなさい。


私が言い放つと天邪鬼は泣き出す。


ズボンはきたいよー(泣)
ごはん食べたいよー(泣)
(就寝消灯で暗いため)めーないよー(泣)





泣いたときが学ぶときで教えるときだ。


泣いたときに
親がどう教えるかで、今後が決まってくると私は思っている。


天邪鬼の泣き方を見て
優しく声掛けするか
声を低くして唸るように諭す。


どちらにせよ
行動(過去)と状況(現在)の説明をして
理想(未来)に近づけるよう促していく。




昼にスマホで動画を見せるようになったが
休憩の終了時にはスマホを自発的に私に返してくれる。


時間の問題で
息子から天邪鬼はいなくなるだろう。


ありがとう。