ホームレスから父に成る!

ホームレスだった男の育児と日々の雑感

3歳児の 私は愛されているか

16時

比較的に暖かく

久しぶりに公園で3歳児と遊ぶ。



こうして私と遊んでくれるときが

あとどれだけあるだろうか。



ブランコに私が座ると

彼は私の膝の上に座り


笑顔で私を見上げ

その後頭部で私の胸を強打しては笑っている。




17時30分を過ぎた。


公園から帰宅

間髪入れず風呂に入ろうと促す。


身体は冷え

砂遊びで汚れている。



彼は入浴を拒む。


私は強い調子で早く入れと

再度促す。


先に入浴しているかみさんと1歳児が

3歳児を迎えた。



私は疲れ

足の付け根が酷く痛んでいた。


この数日、痛みが続いている。


冷蔵庫からチョコを取り出し

1枚平らげてから私も風呂に入る。



家族4人で入浴。


どうしても狭くなるが

それが苦痛と感じることは

1人もいない。




「お父さんは嫌いだから怒るんじゃないよ。」


かみさんが3歳児にいう。



何のことか訊ねると

私に風呂に入れと強く言われたことを気に病んでいるらしい。


「おっとーは、ぼくのこときらいなんだろうか。」


というような疑念を

3歳児はかみさんに訊ねたようだ。




この既視感

遥か以前にもあった。


「わたしは、ひろわれてきた子なの。」


20数年前

親戚の若夫婦の3歳程度になる娘が

私に悩みを告白したことがある。


若夫婦を結婚する前から見ており

その娘が生まれたときの

喜んでいる若夫婦を知っていたから


その娘の悩みが

なんとも可笑しかったが。




人は「私は愛されているか」に悩み続ける。


彼は、そのステージに入った。

心的な成長を感じる。


このステージからさらに

子らとの人間関係を意識して

丁寧に関わりたい。


大人にとって些細な日常のルーチンでも

3歳児には毎回が何某かを学び往くステージ。


気を付けてあげたい。




「俺は、嫌いな人と一緒に遊んだりしないよ。」


私は深く考えず

3歳児に伝えた。


3歳児は笑顔だったが

私は回りくどい私の言葉を反省した。




深夜3時


炬燵でブログをやっていると

3歳児が寝室から出て

私の隣に潜り込み寝ている。


朝になったら

回りくどい言い回しをせず

安心させてあげたい。



「おっとーは、◯ちゃんが大好きだよ。」



自分の気持ちを

相手に伝えられる人に

なりますように



ありがとう。

3歳児と がっかりさせたくない気持ち

帰宅すると
昼に持ち帰った大きな段ボールの上に乗り
3歳児が遊んでいる。


ソファ2脚と段ボール2つを
入り組むように配置し
ちょっとしたアスレチックな遊び場にした。


見ると
ソファと段ボールの周りには
小さな玩具が散在している。


ソファから飛び降りたとき
踏んづけたらケガをすると
私は拾い集める。



段ボールとコタツの隙間に
落ちている玩具へ手を伸ばすと
ぐしゃりと冷たい嫌な感触がある。


これはと思いコタツを避けると
コタツ布団が濡れている。


これはいったいどうしたことか。


3歳児に訊ねると
お茶を溢したという。


気付かずに濡れたままにしておけば
カビが生え、腐りして、大事になるかもしれない。


溢したことは仕方がない(事故やミスを強く責めても仕方がない)
しかし「失敗を報告しなかったこと・隠していたことにがっかりした」と伝えた。




大切な人に
がっかりさせたくない気持ち
失望させたくない思いが


人を強い成長に導くと
アポステリオリから考える。


私がいまの生活を送ることができるのも
この「がっかりさせたくない気持ち」があるからだ。




「〇〇君ぐらいだよ、真面目に続いてるの。
 (社会復帰した人らが)みんな(仕事を)辞めちまうんだ。」


社会復帰支援施設職員の方の
諦めにも、呆れたようにも聞こえる
悲しそうな、寂しそうな呟きを覚えている。




私が、家族や、この生活を
些細なことで投げ出すなら
私の社会復帰を支援して下さった施設職員の方々は
きっとがっかりするだろう。


私を救ってくれた職員の方々を
私は失望させたくない。


その気持ちは
私が家族を愛おしく思う気持ちと同じほどの大きさだ。


この気持ちは私を強くし
結婚生活や就労を続けていけるかに悩んだとき
良い方向に効果を発揮してくれる。




「お茶を溢したのは仕方がない。
 でも、失敗したことを隠したり、誤魔化したりしないでほしいんだ。」


3歳児と入浴し
再度、伝えた。



彼が、私との関係を
大切なものとして考えてくれるなら
私をがっかりさせたくない気持ちが必ず育つと信じている。


そのためには
私が、彼との関係を良好に築かなければならない。


私がかみさんに云う
「育児は人間関係を構築する期間」の根幹はここにある。




今朝ほど
3歳児はオムツパンツの履き替え途中
パンツを履かずして


きゃきゃきゃと笑いながら
ふるちんでソファジャンプしては
かみさんを笑わせていた。



成長を焦ることなく、少しずつでいい。
見守りたい。


ありがとう。




1歳4カ月 末子の成長

1歳4カ月の娘が
どうやら言葉を聞き分けている様子。




「危ないから降りなさい」


眉をハの字にしながら
しぶしぶテーブルの上から降りる。



「それはおっかーに持って行って。」


あうあうと頷きながら
かみさんのもとへ焼き海苔の袋を持っていく。



「線路で遊んでるから、止めてちょうだい。」


眉をハの字にして不服そうだが
線路を引っ張っては壊すのを止めてくれる。



「おっかー、お風呂に行ったよ。入っといで。」


あうあうと頷きながら
風呂場に歩いて行く。




「まだ食べるの?」


空になった小鉢を掲げ
冷凍コーンのおかわりを
あうあうと強く所望する。




「寒いから中に入りよ。」


ケタケタとベランダではしゃ いでいるも
居間に戻りサッシ窓を閉める。




「◯ちゃん、寒いから、ドア、閉めてくれるかい?」


あうあうと頷き
ドアをバタンと閉めてくれる。




動画のアンパンマンショーで
アンパンマンを呼ぶ声と共に
彼女は声を出す。


「あうあうあーん」


アンパンマーンと発語したいようだ。




テーブルや床が濡れていると(およそ本人が飲み物を溢したとき)
ティッシュを持ってきては拭いてくれる。


ほとんど拭き取れてはいないが
拭き取りの動作をする。




3歳児の真似をして
ソファから飛び降りようとして転んでいる。


炬燵布団に救われ
頭は打たなかったが
肝を冷やす。


上の子を見て育つせいか
出来ることが増えるのが早いようだ。




「お前はミソッカスなんだから我慢しなさい。」


末子であり
難病であり(当時は難病指定はされていないが)
その頭蓋は
斜頭症のように大きく歪んでは醜い私に


父は一度だけ
「ミソッカス」という言葉を使った。


ああ
わたしは
のぞまれて
うまれたわけではない
みそっかすなのだ



一度だけ見せた父の本音は
幼い私の胸に刻まれ
それは消えることなく


生きる理由を彷徨い求める
深奥となる。




1年4カ月前
彼女が生まれたとき
私は嬉しかった。


いまも彼女の笑顔を見るたび
幸せな気持ちで満たされる。



上の子にも伝えたように
彼女が真に
言葉を理解できる日に伝えたい。




生まれてきてくれて
父さんは
本当に嬉しかったんだ。


ありがとう。