ホームレスから父に成る!

ホームレスだった男の育児と日々の雑感

父 尻の穴を患う

昨晩は退勤後より
室内で子らと遊びして風呂に入らず。


今朝、シャワーを浴びると
尻に違和感。


なにかできてる。
スマホで自分の尻の穴を動画で撮影。


尻の穴をまじまじと見るなんて気持ちが悪いが
肛門付近に、やはり何かイボのようなものがある。


いまのところ痛みは無い。





6~7年前から2度ほど
強力な便秘に苦しんだことがある。


当時、私は介護員を務めており
看護師の行う高齢利用者の摘便に立ち会うことは珍しくなく
指で(ディスポ=ビニール手袋を装着)便をかき出す作業を見慣れていた。



便秘による吐き気・肛門の痛みと闘いながら
7時間ほど便座に座り続けても便が出ず


綿棒で肛門を突き
固くなった便をほぐして出そうと試みるも出ず。


やむなく指で固くなった便を少しずつ穿り出し
なんとか生き延びたことがある。


生き延びたという表現になるほど
便秘の痛み苦しみは酷い。




固くなった便を
綿棒なり指なりでほぐすのは
強烈な痛みを伴うが


便秘の苦しみは
さらに壮絶であるため
摘便を試みるよりほかになかった。


肛門の糞をほじくりながら
強まる痛みに救急車を呼ぼうかと
真剣に7時間の間に何度も考えたものだった。



以来、通じには自信がない。


便秘の痛みを思い返すと
本当に恐ろしくて
少しの不安でも下剤を服用するようになった。




これらが遠因になったのか
それともやはり身体の疲れからの異常か。


そういえばしばらく前から
痛みは無いが
右足の内側の楔状骨(けつじょうこつ)付近に
小指の爪ほどのイボができている。


関係があるかどうかはわからないが。





年寄りイボなるものもあるらしい。


6年くらい前になろうか
脳神経の医師より
90歳の身体だと宣告されている。


高齢者の症状が出たとしても
何ら驚きはない。




「おっとーしゃんと
 はなればなれになるの、いやだよ。
 いっしょにいたいよ。」


3歳児が私の身を案じて言う。
 
身体に疲れが溜まっているだとか
入院や手術の可能性があるとか無いとか
話題にするだけでも
子らに不安を与えてしまう。


気を付けたい。




尻のできものの話の流れで大仰だが


最近になり思うのは
このブログが
子らへ向けた遺書になる気がしている。


子らが大きくなり、父と話をしたいとき
私はそれができない状態にあるかもしれない。



3年前の体力がもはや無い
緩やかだが確実に弱ってきているという実感がある。


私のくだらないペシミズムかもしれないし
そう言っておきながら40~50年を生きるかもしれない。




公園のベンチで思ったときと同じことを
いまも思う。


この命が繋ぐも閉ざすも
天が導くままに。


生命は必ず、いつかは尽きる。


いま尽きても
よく生きたと思える生き方をしていきたい。




私の体調の悪さと反比例して
子らは元気に
想像以上に
心身ともに良く育ってくれている。


彼らとともに生きたい。


ありがとう。






ねこ1周年目の嘔吐

先日に猫が何回かに分けて
エサをそのまま吐き出している。


エサくれと鳴くと
腹いっぱいになるほど与えていたため
食べすぎであろうと量を減らした。


しばらく調子を見ていたが、吐かず。
大丈夫かと思われたが昨晩になり
胃液のような吐き方をした。


エサが多すぎても吐き
少なくても吐くようだ。


エサの量感がつかめず悩ましい。


腹を空かせて可哀そうなことをしたと
猫に謝り、頭をひとつ撫でると
にゃあと返してくれた。





彼が来てから
そろそろ1年を迎えようとしている。


いまでは子らとも仲良くなり
就寝は私の布団の上で丸くなっている。



上記ブログには記し忘れたが
彼が野良に放たれたとき
猫3~4匹と犬1匹が
その家庭の事情で野に捨てられたという噂であった。



たしかに彼とそっくりな猫が2~3匹おり
人が近づいても逃げず、人慣れしている。


彼の兄弟たちを飼ってやりたい気持ちはあるが
残念ながら私にその余裕がない。


彼らは近所にいつもいるため
3歳児が猫を見つけると
「うちのにゃんにゃんににてるね!」と叫ぶ。


そうだねとの返事をするのが心苦しい。





AC 殺処分についてとてもすばらしいCMです。


犬小屋と鉄檻に浮かぶメッセージを
何度見ても目頭が熱くなる。


「命を飼う覚悟」という表現は、生命に対して
ふさわしくない気がしている。


「共に生きる覚悟」でありたい。




彼は子らに多くを教えてくれる。


彼がいつか尽きる最後の日に(考えたくはないが)
子らに生命が何かを伝えてくれるはずだ。


それまでは仲良くやりたい。




彼のエサの量感を
かみさんと再考したい。


ありがとう。






絵本 わたし しんじてるの


出勤前
昨日の歯医者の帰りに買ってきた絵本を
3歳児が見つけ、読んで欲しいという。


歯医者からの帰宅は
19時30分頃だったので
子らはすでに就寝しており
読んであげられなかった。




ティラノサウルスのシリーズは
私のお気に入りだ。


売り場にはあまり置いてなく
ようやく5冊目になる。



私は3歳児を膝の上に乗せて
買ってきた絵本
「わたししんじてるの」を読み始めた。


声を大きくしたり小さくしたり
絵本を震わせたり叩いたりしながら
情感を込めて読み上げていく。


読み上げていく途中
何度も涙が込み上げ声が震える。


「うまそう」のときもだが
読みながらに物語が胸に刺さる。


しかし3歳児には
やはり物語が何を伝えたいか
理解することは難しいようだ。


読み終えると
朝食を整えながら聴いていたかみさんも
涙が出そうだったと感想を溢す。




物語の説明を3歳児にはせず
私は出勤した。


このときリケラは
どんな気持ちだったろうね


ティラノサウルスは
なぜ頭から血を流しながらも
止めなかったんだろうね


会わないのに赤い実を持ってきたのは
なんでかなあ。


次の機会には問い掛けながら読みたい。
3歳児がどう答え、どう感じるかに正解は無い。


そうかもしれないね、とだけ
私は返事を用意している。




いい物語を贈れたと思う。


ありがとう。