ホームレスから父に成る!

ホームレスだった男の育児と日々の雑感

子供に最も必要なもの

貢献、責任、敬意、感謝、縁。


これを私自身が日々の生活で

不断に実践することにより


ごく自然に子供たちが

私が理想とする人格に近づくと思っている。


躾が必要ないわけではないが。




私は自身の親を反面教師として思い出すことで

子供に接している。


このとき、反面教師として見ていても

自身の親を悪く言うべきではない。


親に対して敬意を欠いた物言いが

子供たちに影響する。


私自身の親がどうであったかを

愚痴吐きの如く子供たちに伝える必要はない。




理想的な人格を実と考えるならば

この5つの言葉は木の幹であり枝になる。


では、その木を強く大きく育てるために根を張る土は何か。


それは生きる希望だと私は常に思っている。




生きる希望の無い子供は

貢献に冷笑し

責任から逃げ

敬意を持たず

感謝を覚えず

縁を育むことを嫌う。


それが過去の私だ。

子供が死にたいと長く悩めば

木は育たず実りはしない。




子供に最も必要なもの。

真っ先に与え

恒常不断に

絶えず子供に必要なものは

生きる希望だ。



では子供たちに

親が与える生きる希望とは具体的に何か。


それは家庭の円満だ。


家庭の円満のために

自身がどのように貢献・行動していくか。

それをして父を努めたい。




かみさんは食事の支度をするようになった。

2歳の息子はお手伝いを自発的にしてくれる。

0歳の娘は目を合わせると笑顔を見せてくれる。


順調に思えるが

かみさんが育児に疲れて弱音が溢れている。


かみさんに気分転換が必要だが

私は日曜にまた会議がある。


なんとかしなければならない。

円満に、努めたい。


ありがとう。

2歳児のウェブ禁止令を限定解除

12月末頃より
息子のタブレット使用を一時的に禁止していた。


長い時間YouTubeを見続けてしまう。
観ている同じ姿勢が続くため骨格がおかしくなりそうな予感と
目の下の黒ずみが顕著に現れるためだ。




昼食時に1時間だけは観ていいと息子に伝え
私のスマホを息子に渡す。


息子は大いに喜んで
スマホで好きな動画を観ている。




禁止令を解いた当日こそ
昼食の終わりにスマホを返すことをぐずったものの
3日めあたりには息子のほうから
仕事に出る私にスマホを返してきた。


「お昼は動画を観ていいからね」


これを繰り返し伝えているためか
それ以外の時間で観たいと息子が訴えても
「動画はお昼」と言えば、明日の昼まで待てるようになった。



昼食の終わりには必ず
「また明日のお昼に動画を観ようね」と約束する。
息子は笑顔でうんと頷いてくれた。


2歳児とウェブとの距離感が
ほどよく保たれつつあるのを感じている。


ありがとう。





躾よりも背中を見せる

息子の水分摂取量と尿量に異常はなく
ただの風邪で済んだ。


私と同じ病の運命を辿らせたくない。
かと言って何か予防ができるわけもないが。


息子は今日も
すくすくと育ってくれている。




2歳と2歳5ヶ月は
別の生き物のように思える。


おっとー、おっかー程度の発語しかできなかったが
現在では日常会話のほとんど全てが意思疎通可能だ。




息子と娘を育てていく上で
「どう育てるか」が最近の私の悩みになりつつある。


「どう躾ければいいのか」
「どうすれば子供は親の望むよう育つか」
そんなことばかりをもやもやと考えていたが
ミラーニューロンを思い出すとプロセスが違うと考え直した。




「子供が、どういう人間(理想像)になってほしいか」を考えるとき
「私(親)自身が、どういう人間(理想像)になりたいのか」を知らなければならず
「私(親)自身が、その人間(理想像)になるべく実践しているか」が私の答えだ。


平たく言えば
「親の背中を見て育つ」だ。



100%親が望んだ成長につながるわけではない。
「子供を躾ける」ことよりも、まず先に自らを律することこそ
「親の望むように育つ」につながると思っている。




貢献、責任、敬意、感謝、縁。


・所属する集団に貢献することを喜びとする人。
・責任を引き受け実行できる人。
・(嫌いな人間に対しても)人間関係は敬意を持って接する人。
・(見えない貢献を含めて)感謝の念を忘れない人。
・縁を育むことが出来る人。


この5つの言葉を
自然体で実践できる人間に私はなりたい。




先程、かみさんが息子とゴミ捨てに出たようだ。
息子はお手伝いを喜んでしてくれるようになっている。


家族(所属する集団)への貢献が嬉しいようだ。
いい子に育ってくれている。


ありがとう。