ホームレスから父に成る!

ホームレスだった男の育児と日々の雑感

2歳児のジャガイモ皮剥きお手伝い

夕方

かみさんは0歳の娘を沐浴させる。

私はジャガイモを茹でようと皮を剥く。


「おてつだいしゅるよ、おてつだいしたい」

2歳の息子が申し出る。


私は快く申し出を受け入れ

流しに椅子を持ってきて息子を立たせる。


例によってジャガイモ洗いをしてもらうも

不満げな様子でこちらを見ている。



「包丁を使いたいのかい?」

私が訊ねると笑顔で頷く息子。


さて困った。

簡単なぶつ切りならさせるところだが

皮剥きはどうだろうか。


息子に包丁とジャガイモを持たせ

その手を私が持ち

こうやって皮を剥いていくんだよと

親指を使って包丁を滑らせてみせる。


息子がやりたいやりたいとやる気をみせるが

チカラ加減が出鱈目でおぼつかず

指を切りかねない。


いったん包丁を離してもらい

包丁の危険性を教える。


私は自分の手の平に包丁を突き立て

「包丁が刺さると痛いよ」とやってみせる。


そうして息子の手を掴み

息子の手の平にチクンと痛みを感じる程度に

包丁を突き立てる。


痛みを理解した息子は

包丁を使うには時期尚早と

ジャガイモの皮剥きを諦めてくれた。



しかし息子は

「なんかてつだいたいよ」と意気込む。


さて困った。

息子にできる作業がない。




ここで思い出したのが

私の前職である介護における

認知症利用者の生活リハビリだ。


認知症利用者の気持ちが落ち着かずに徘徊するとき

彷徨い歩くことの足止めをすべく

衣類をたたんで頂いたり

掃き掃除やモップ掛けをお願いする。


たたんである衣類を箪笥から出して

ぐちゃぐちゃにして認知症利用者の前に置き

「手伝って頂けると助かるんですが、たたんでもらえますか」とやる。



このとき認知症利用者の生活リハビリは

衣類をきれいにたたむことが目的ではない。


衣類をたたむことで(認知症によりきれいにはたためなくとも)

・仕事、作業をした充実感

・手伝いのお願いをされることで自分が必要とされている承認欲求の充足

・集団への貢献を感じることで得られる喜びなど


心理的な面での充足から

認知症利用者の精神の安定を狙う。


単純に徘徊の足止めの時間稼ぎの意味で

生活リハビリをお願いすることも多かったが。




この生活リハビリに近い充足感が

いま息子に必要だ。


私はジャガイモの皮を剥き

皮を流しに捨てていく。


プラスチックの調理用ボウルに

皮を集めてほしいと息子にお願いする。


息子の顔は笑顔に輝き

ぽたぽた落ちてくるジャガイモの皮を

ボウルに集めている。



皮剥きが終わり

私はジャガイモを切っていく。


その間に、ボウルに水を入れ

網ジャクシを息子に渡し

ジャガイモの皮をすくいあげて

生ゴミ入れに入れてほしいとお願いする。


息子は丁寧に網ジャクシで

ジャガイモの皮をすくいあげては

「ねーのーねーのーねーのー」と歌っている。

ご機嫌だ。



そうしているうちに

ジャガイモは切り終わり

鍋に入れ茹でる。


あとは茹で上がるのを待つだけだと

息子に作業終了を伝える。


「ジャガイモの皮をすくってくれて、ありがとうね」


そう伝えると

息子は満足げな笑顔で椅子を降り

テレビを見始めた。




ジャガイモの皮剥き作業だけで考えれば

息子は役にはたっていない。


お手伝いしたいと自発的に申し出る

息子の気持ちが私は嬉しい。


手伝えることがないからテレビでも見ててよと

息子の気持ちを無碍にする声掛けをしてしまえば

育つものも育たないと思っている。




茹で上がったジャガイモを

しばらく放置して水を切り

そのまま冷蔵庫に入れ


次の日に

冷たいジャガイモを息子に1つ渡すと

「もっとちょーだい」と食べてくれた。


ありがとう。