ホームレスから父に成る!

ホームレスだった男の育児と日々の雑感

ある幼稚園児の言葉遣い

帰宅


3歳児がいつも通り笑顔で迎えてくれる。


天気がいいので

河川敷へ散歩に行こうと促すと喜んでくれた。


これからは陽が落ちるのが早くなる。


外に出れる時間が限られてくるので

少しでも時間を作りたい。


かみさんと11ヶ月児も

慌てて仕度している。




河川敷に着くと思いの外

風が冷たく心地良い。


少しも行かないうちに

以前に公園で自転車を貸してくれた子が

幼稚園の運動着を着た子と虫取りをしている。



私 「おお、こんにちは。」

3歳児「こんにちはー。」


自転車の子「こんにちは。」

運動着の子「、、、」



私 「虫取りかい?いっぱい採れたかい?」

2人は虫取りに夢中だ。



(広大な土手の草むらを指差して)

「おっとー、ここ、へびいるの?」

3歳児が私に言う。


「いるかも知れないね。」

私は3歳児に伝える。



「いるわけねえだろ!くそ!ばか!」

運動着の子が

聞こえるように独り言を吐き捨てる。


私は面食らって言葉を失う。


上記の挨拶だけをして関わりを持たないよう

すぐに彼等から離れた。




土手の上には自転車の子のお母さんと

おそらく幼稚園のママ友と思われる2人が立ち話をしている。


目が合い会釈だけして

土手の反対側に下りようと行くも


3歳児が階段に隣接する急坂で

ベビーカーを下ろそうとする。


危ないからやめてくれと促してるうちに

運動着の子がいつの間にか坂の下から

背を向けて坂を登ってくる。



「邪魔になるから避けなさい。」

運動着の子の母親と思われる声がしたが

運動着の子は背を向けてぐいぐい登ってくる。



私はベビーカーと3歳児を

土手の上の通りに戻す。


「じゃまなんだよ!ボケ!どけクソ!」


運動着の子はすれ違いざま

小声で吐き捨てるように呟くと

母親らのほうへと去った。




私は内心で動揺していた。


4〜5歳の幼稚園児が

見ず知らずの大人を相手に

あの言葉遣いなのかと。


動揺というより

驚愕が近いかもしれない。


なんであれショックだった。




幼児の言葉遣いは

一緒にいる時間が長い存在の影響が

最も強く出ると私は思っている。


つまりは母親が使う言葉を

幼児らは受けて吐き出す。


挨拶が出来ないのは防犯上の理由など

昨今の風潮もありやむを得ない面は理解できるが。




人前で臆面なく鼻糞をほじったり

コップの水を口に含んではコップに戻したり

そういった幼さ故の行動よりも


幼児の言葉遣いが出来ていないほうが

比べものにならない親の恥かしさを感じる。



という話を

かみさんにする。


「私も怒るときの口調、気をつけなきゃなあ。」

かみさんは自重気味に呟いた。




「悲しい気持ちになるような

話し方をしないでくれよな。」


3歳児に伝えると

彼は無邪気にうんうんと笑顔で頷いた。



言葉遣い、態度、表情、仕草


親のそれらが

幼児の人格に影響していく。


気を付けたい。




河川敷から帰ると

18時を少し回っていた。


「よし!今日はだらだらしようか!」

私は初めての提案をした。


「だらだらって、なに?」

3歳児は意味がわからない。


「今日はオモチャを片付けなくてもいいし〜

お風呂に入らなくてもいいし〜

夜遅くまで起きててもいいよ!

だらだらしよ〜!」

私は思い付くだらしなさを言葉にし伝える。


「でも、歯磨きはしてくれよな。」

3歳児は笑顔で頷いた。



片付けと入浴を休んだが

20時には歯磨きを終え

3歳児は深い眠りについた。




この場合の言葉遣いとは

敬語、謙譲語が使えるか否かの問題ではない。


その声(言葉)を聴く人らの気持ちを

悲しくさせるか

嬉しく楽しくさせるかだ。




私自身の声掛けが

彼を常に勇気付けるそれであるよう心掛けたい。



ありがとう。