ホームレスから父に成る!

ホームレスだった男の育児と日々の雑感

飢えて学ぶ 断食3日め

3歳児のお片付け問題と並行して


かみさんや3歳児が
食べ物をゴミとして躊躇なく捨てることで
私を悩ませる。






私は貧しい家庭で育ち
社会人になってからも余裕ある生活とは縁遠く
常に腹を空かせていた。


いつしかホームレスとなり、いよいよ飢えた。
しかし私はゴミを漁ることをせず。


この期に及んで
ゴミを漁り、飢えを凌いで、生を繋いだところで


この私が生くることに
いまさら何の価値があろうかと考えた。


(のちに「生きる価値、命の価値」について考え方を改めたが。)



山に入ってひっそりと死ぬには
そこまでの体力が私に無い。


故に公園のベンチで横になった。


そこに死骸があれば
お手数ではあるが
役所か何かが私の死骸を片付けてくれるだろうと考えた。




残念ながら飢えてはすぐに、死ぬことがない。
幾日が過ぎ
公園で空を仰ぎながら空腹の痛みに耐える。


この空腹の痛みを癒すために
他人様から金を奪い
その足でコンビニに駆け込んで
握り飯なり菓子パンなりに齧り付こうか


どうせ死ぬのであれば
通り行く女を茂みに引きずり込んでは
つまらない欲を満たして死ぬも同じことか


そんなことばかりが心の中に湧き始めたとき
かの亜聖の説いたとする恒産恒心を思い出した。



すると、空腹の痛みはあったが
自分の置かれた状態が
とても可笑しいものに思えて
公園のベンチの上で声を出して笑った。


傍から見れば
気が狂ったように見えたかもしれない。



他人様から金を奪って飢えを凌ぎ
女を襲い欲を満たしたところで
自ら死骸になろうかというときに
それに何の意味があるのか。


そんなことを考えた自分が情けなく
笑ったものだった。




3歳児が食べ物を残したり
手を付けなかったりするのは
仕方がない面がある。


問題はかみさんだ。
かみさんは面倒くさいを理由に
調理が好きではない。


故に調理をあまりせずに
食材を傷ませては捨てるを繰り返す。




月曜
見かねた私は
腐らせるならもう食材を買ってきたくはないと
かみさんに伝えた。


私は食べる気力を失い
火曜、水曜、今朝と昼の
8回分の食事を取らず。



いまの職場は本当に有難いことに
食うに困ることはない。
(子らの学費の工面は今後の課題だが。)


それ故のせいか
家族の食べ物に対しての感謝が
薄い気がしてならない。



私流のやり方で
食べることの大切さ
食べ物の尊さ、有難さを
家族に伝えたい。


ありがとう。