ホームレスから父に成る!

ホームレスだった男の育児と日々の雑感

公園に置き去りの3歳女児を保護した日

公園に近いためか職場に
小学校低学年と思われる女児2名が
3歳になるうちの子と同年かと思われる女児を連れてきて
公園で迷子になったようだという。




時刻は16時。
陽が落ち始め、気温は身がすくむほど寒い。


同僚が公園まで女児を連れ
母親を探しに行くも見つからず。


小学生らが言うには
この女児は30分ほどは独りでいたようだと話す。



この女児は3歳だと自己申告できた。
名前は言えるが苗字はわからないようだ。


小学生らは公園に戻ったため3歳女児を保護。
職場のストーブの前に通し、同僚が警察に連絡する。




3歳女児は落ち着いた様子で言う。
「おかあさん、かいもの、いったの。」


小学生の話と合わせると
母親がスーパーに買い物に行くため置いて行かれたというのだ。


公園からスーパーまで
1ブロック進んで道を渡って曲がり2ブロック進む。
3歳児1人では追いかけられない。


これを3歳女児から聞いた私は
母親に対して怒り心頭に発す。






北海道の事件や、越前市の事件は
今年の忘れることができないニュースだ。


私は女児の母親が来たら
会ったこともない他人といえど
厳しく叱責するつもりだった。




警察が来るのを待っていると
先程の小学生2名に連れられて女児の母親が来た。


0~1歳の子を抱っこ紐で包み
スーパーのレジ袋を2つ持っている。


「すみません。申し訳ありませんでした。」


母親は小さな声で
丁寧に頭を下げた。


その子供とのやりとりに疲れた母親の姿を見て
激しく叱責するつもりだった自分が愚か者であると恥じ
私は考えを改めた。


母親が抱く下の子は
静かに安心して眠っていた。



3歳女児は見た目にアザなどなく
髪の毛はキレイに洗われ整えられており
気になるような臭いも無かった。


母親を前にして3歳女児は怯える様子もなく
どこにでもある優しい母親と3歳児なのだろう。




厳しく母親を叱責する権利など、私には無い。
遺憾の意を伝えたとしても
叱責など注意を伝えるのは警察の役目だ。


とにかく子が無事でよかったと
同年の子らを育てる親として
育児に疲れ気味な母親に理解を示した。



この2人の子を抱えた母親に必要なのは
叱責ではなく理解と同調に思えた。


母親曰く
30分ほどスーパーに行こうと女児に懇願したが聞き入れられず
止む無く3歳女児を独り残し夕食の買い物に行ったという。


3歳児を公園に置き去りにし
スーパーで買い物をした不徳を
他人に言われるまでもなく母親は分かっている。


夕食の準備をしようという献身は尊いが
3歳女児を独り残しては命に関わる。


3歳と言い合いになったとき
感情が正しい判断を狂わせる。




夕食の用意をしなければならない
それには買い物をしなければならない
帰って家事のやり残しをしなければならない
子供たちをお風呂に入れなければならない
すでに眠いが子供たちを寝かし付けなければならない
公園で遊んでいると全てが遅れていく
早く帰らなければならない


夕暮れに子らと遊ぶ母親は
そんな心境だろうか。




毎日に定刻で散歩する犬は
帰宅を嫌がらない。


たまにしか散歩に行けない犬は
帰宅を強烈に拒む。


私は3歳児との付き合いの中で
それと同じものを感じる。




子を公園に置き去りにして
夕食を整えるなら、夕食を諦めよう。


夕食を食べることを選んで
子を失う結果になるような選択肢は無い。


夕食が遅くなり腹を空かせて3歳児が泣くなら
3歳児も食事の準備の必要性を理解する。


全てには準備期間が必要であり
泣いた時が学ぶ時だから。




しかし最近になり
うちのかみさんも3歳児を1人にする場面が度々ある。


気を付けたい。


ありがとう。