ホームレスから父に成る!

ホームレスだった男の育児と日々の雑感

機関車トーマスと 生きる価値 ②



機関車トーマスの言う
「役に立つ機関車になりたい」は


アドラーの
共同体感覚や貢献感に通じている。


私はアドラーの信奉者であり
トーマスの言葉自体は肯定したい。


しかし受け取る側の幼い子らが
どのように受け止めるか不安がある。




私が介護員を退職し
新たな職場で迎えた2016年に


相模原で凄惨な大量殺人事件が起こる。


この事件を起こした植松の考え方を知り
自身に生きる価値があるかを自問するとき


無意識ながら同時に
他者の命の価値も計っていることに気付く。


自身に生きる価値を問うのであれば
他者の生きる価値を問うのも同じ。



自分の命を価値で見るからには
他者の命も価値(社会的に有用か否か)で
見ている自分がいることに気付く。


優生学を嫌悪して生きてきたつもりだったが。
ガタカで涙したのは何だったのか。


私は反省した。




優生学は、個々人が誕生以前よりその遺伝形質に規定された不平等性を有する、という「人間不平等性論」を前提として構築されている。人間を「尊厳(Würdeヴュルデ)」においてではなく、「価値(Wertヴェルト)」の優劣において理解する思想を、その根底に有している。





共同体感覚が発達している人は、自分の利益のためだけに行動するのではなく、自分の行動がより大きな共同体のためにもなるように行動する。なぜなら、人間は社会という網の目の中に組み込まれている(Social embeddedness)からである。


それに対して、共同体感覚が未熟な人は、自分の行動の結末や影響を予測することをやめて、自分の利益だけしか目に入らないようにする。仮に、極端に自分の利益のことだけにしか関心がない人がいるとしたら、その人は自分の利益になる場合にだけ、他人と協力する/他人を利用しようとするだろうと想像される。そうすると、他人が自分を必要とする場合というのは、他人がその人自身の利益になる場合にだけということになり、安心して所属することが難しくなるだろう。このようにして、共同体感覚の未熟な人は、所属に問題を抱えやすく、不幸な人生を送ることになりやすいことになる。




機関車トーマスは言う
「役に立つ機関車になりたい」



私は不安にざらつく。


働くことが出来なければ
誰かの役に立たなければ、その命は屑鉄か。


私は
子らがトーマスの言葉を履き違え
優生学的な受け取り方をすることが怖かったのだ。


アドラーを知らなければ
私は優生学的な考え方から抜け出すことは難しかっただろう。




役に立つ機関車になりたい
3歳児には、それでいいと思う。


成長の過程で
言葉を裏返して拡大解釈しないよう


子らを抱きしめて
一緒にトーマスを楽しみたい。


ありがとう。