ホームレスから父に成る!

ホームレスだった男の育児と日々の雑感

3歳児の 0か、100か

夕食も終わる頃合いで
3歳児がトーマスを見たいと言い出す。


時刻は7時を過ぎているが
就寝まではまだ時間がある。


「ごはんを全部食べたらいいよ。」
私は交換条件を伝える。


交換条件は手段として最善手にはならないが
つい使ってしまいがちだ。


「はーい、、」
不満気な3歳児の返事を背で受けて
私は洗面所で歯磨きを始めた。




歯を磨いていると
かみさんの荒げた声が聞こえ
3歳児の泣き声がする。


何事かと居間に赴くと
「ごはん、食べ終わってないのに、トーマスを見ようとするから、、」
かみさんが呆れたような表情で私に言う。


どうやら3歳児は食べずに
リモコンを使って
録画されたトーマスを再生したようだ。


それを見たかみさんはテレビを消した。


3歳児は口を大きく開け
あああんと叫びながら
涙をぼろぼろ落としている。




私は短く考えて
部屋にいる全員に伝えるようにして
3歳児に穏やかに話す。


「〇ちゃん、言ったろ。
 ごはん、全部食べてからだよって。」


3歳児は
ああああんと大声で泣き続けている。



「でもね。言われたからって
 全部食べられないことだってあるでしょ。
 
 そういうときは
 これぐらい頑張って食べたけど
 お腹いっぱいで、もう食べれそうにない。
 
 食べられるだけは食べたから
 トーマスを見てもいいかなと
 相談(交渉)してほしいんだ。」



3歳児は泣くのを止め
私を見つめながら
無言で何かを考えている様子。




親が盛りつけた食事量が
子らにとって
常に適切とは限らない。


むしろ
子らに適切な量感で食事を提供できていることのほうが
少ないと私は思う。


にも関わらず
出されたら全て食えという押し付けは
子にとっては拷問だ。


安易に交換条件を出した私のミスで
家族に悲しい思いをさせてしまったと反省した。




「おっとーしゃん、、」
3歳児が私の横に来て見上げながら言う。


「ぼくね、、もう、ごはん、たべれないんだけど
 トーマスみても、いーい?」


「、、この鶏肉を、ひとつだけ、食べれるかい?」


「、、うん」


「じゃあ、それを食べたら、皿を流しに持っていき
 食事を終わらせてから、トーマスを見なよ。」


3歳児はトーマス視聴の許可を得て喜び
ご飯茶碗、おかずの皿を流しに運んだ。




私はかみさんに伝える。


「たしかに、ごはんを全部食べたらという条件を出した。 
 しかし、0か、100か、だけじゃあないんだ。
 
 努力に応じて
 5分だけ、10分だけ、1話分だけ見ていいよっていうこともできる。」


子らが努力した過程を見落とさず
判断してあげてほしいんだと伝えた。


「そっかあ、、私は0か100かで考えちゃうからなあ。」
そう言ってかみさんは笑った。




オール・オア・ナッシングが
効果的な場面があることは否定しない。


しかし
積み重ねた努力・過程・貢献を無視して
相手を判断をするなら
その人間関係は育まれることがないと私は考えている。




交換条件は人間関係の構築に、いい手段ではない。
気を付けたい。


ありがとう。