ホームレスから父に成る!

ホームレスだった男の育児と日々の雑感

己の生きる環境を整えるは己

昼食 帰宅
家には誰もおらず静かだ。


今日はママ友らとランチだと
かみさんが言っていた。




私はここぞとばかり
遊んだままに散らかった玩具を片付け
掃除機をガリガリと部屋中かける。




あっという間にテニスボール大の埃が取れた。(ミニカーは大きさ比較)


お恥ずかしい話だが
如何に掃除が行き届いていないかを
私自身が目の当たりにし驚いている。




私はこれまで
「掃除は専業主婦たる妻がすべき作業」と考えていた。


しかし、それは間違いだと考え方を改めた。
そういう考え方・態度は、子の成長が歪む。


「掃除は妻(母親・専業主婦)がすべき作業」ではない。


その背を見て子が育てば
生きるに大切な作業であるにも関わらず
他人まかせにしてしまう子が育つのではないかという疑念が湧く。



どういった環境・関係であれ
「己の生きる環境を整えるは己」であるということ。


私自身が、夫婦という関係に甘え
生物的な弱に陥っていた。


テニスボール大の埃が取れたのも
私自身が「日中に働いている」を理由に
生きるに適する環境を整えてこなかったためだ。


妻がいようがいまいが
自身が生きる環境は、自身が責任を持つべきだと。


共生という考え方もあるが
私はそれを「甘え・生物的な弱」とする。




ひととおり掃除を終えると
昼の休憩も終了間際だ。


時間は無いが
気持ちよくシリアルに牛乳を落とし
かきこむようにして胃に収め仕事に戻る。




気を付けなければならないのは
かみさんの母親としての自尊心を守ること。


掃除をしただけで
鬼の首を取ったように
これだけ埃が出たと騒ぎ立て
掃除がどうのと始めるのは最悪の悪手。


自分が生きる環境を整えたに過ぎない。


生物的な弱から
一歩、生物的な強に近付く。




生物的な弱を考えるとき
反面教師とする私の父親を思い出す。


父親は自身の靴下がどこにあるかもわからなかった。


共働きの母親が用意した食卓を
スーパーの総菜ばかり並んでいるとぼやいたが


母親と別れた父親の食事は
スーパーの総菜のみだった。


自身で栄養を考えた食事を用意もできない生物的な弱。




考え方の問題だ。


かみさんが
私の生物的弱に陥るを退けてくれたのだから。


私は、私自身が生きる環境と
家族が安心して生きる環境を整えるに
責任を持ちたい。



かみさんに礼をつたえねばなるまい。


成長を
ありがとう。