ホームレスから父に成る!

ホームレスだった男の育児と日々の雑感

集団行動が苦手な3歳児

幼稚園で催し物があり出席する。


園庭で行われた園児らの踊りに

父兄はカメラを握ることに必死だ。


私は邪魔にならぬよう

人垣の最後方から3歳児を探す。


園児らが音楽に合わせて踊る最中

彼は棒立ちで爪を齧りしている。


年長組の演目で

年少組は座って待機する。


再び全体で踊る曲が流れ

園児たちは楽しそうに踊る。


3歳児は立ち上がることなく

足元の砂を集めては山を作り

なぜか頭で山を潰している。


100名はいるだろうかという園児らが踊る中

おそらく彼だけが立たずに座っている。


私は愉快と不安を同時に感じた。




帰宅した私は彼に訊ねた。

「なぜ、みんなと一緒に踊らなかったんだい?」


ごにょごにょと呟いているが

「踊り方を覚えてないから」が理由だという。


それを聞いた私は

彼の普段の幼稚園の様子を思い出す。


彼は集団行動が苦手なようで

皆が椅子に座っているときでも立ち上がり

皆が先生の話を聞くときに聞かずして園庭に出ようとすると

かみさんが私に話している。


これらのときも私は彼に訊ねる。



「なぜ、座っていなかったんだい?」


「それはね、、せんせいがもってた絵を、ちかくでみたかったの。」


かみさんが私に見せた画像では

先生が持つA4サイズの絵から

園児らの席は2〜3mほど離れていた。



「なぜ、園庭に出ようとしたんだい?」


「それはね、、ほかのクラスの子たちが

おにわでたのしそうになにかしてたから

みにいきたかったの、、」



彼には彼なりの理由があり

その行動をしている。


よく見たいから席を立ち

よく(園児らの行動を)知りたいから園庭に出ようとし

よく踊りたいから踊らなかった。


あやふやに覚えた振り付けで

不完全な状態で踊ることが

彼には恥ずかしかったのだ。




集団行動ができない劣等生と捉えるよりも

私は個性と捉えたい。


しかし

私は彼の行動を否定的に伝えた。


「皆が協力して何かをやろうとするとき

1人だけ山を作って遊んでいるのを

俺が(父親が幼稚園に行ってまで)観る必要はないでしょ。


皆に協力できないなら

俺はもう幼稚園には行かないよ。


踊りを覚えられるよう

先生の話を聞かないといけないね。」


私が幼稚園に来なくなることを

3歳児は悲しく思ってくれている。


次は協力し皆と催し物を盛り上げるよう約束してくれた。




愉快だと思ったのは

園児と父兄合わせて200名程度の中で

動じることなく砂山を作って遊ぶ

彼のマイペースな肝。


不安に感じたのは

社会を無視した孤立を望み

それを深めるなら

人の生くる道から外れ易い。



個性と協調


どちらも

こぼれおとさぬよう

あゆみたい



ありがとう。